- 対談「すぐそこの未来について語ろう」
- 2013/10/25
草と暮らす 第一回 草の命をうつしかえる
はじめまして。矢谷左知子です。 草とともに暮らしています。 肩書きはありません。といいますか、なんと表したらよいのか、いまもってわからず、というところです。 「草文化探求」とか「草作家」などとやり過ごしてきましたが、最近 […]
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はじめまして。矢谷左知子です。
草とともに暮らしています。
肩書きはありません。といいますか、なんと表したらよいのか、いまもってわからず、というところです。
「草文化探求」とか「草作家」などとやり過ごしてきましたが、最近自分のしていることは「草の翻訳」のようなことかもしれない、と思い始めています。
草が本来持っていて、実は人が気がついていない側面、草たちの奥深いチャーミングさを、人間界に目に見える形として、置き換える、翻訳、草と人をつなぐ役。
草から受けとったものを、次のものとして現わす、その表現としては長い間染織の技法を取ってきましたが、この数年はそれは食でもあり、言葉でもあり、グラフィックでもある、そのような、ちょっと括りにくい草との共同作業をしています。
「草文化」というのは私の造語なのですが、人が忘れてしまった感度の扉を開け、身近な動植物との対等な共生から授かる真理を獲得し、次なる文明をひらいていく、、なんだか言葉にしてみるとたいそう大げさですが、そんなイメージからつけました。
簡単に言うと、すべての生きものに持続可能な文明、その草から受けとるもの部門担当、とでも。
これからはじまるこの連載では、これまでに触れあってきた草の世界や、草がおしえてくれているメッセージのことを少しずつお伝えできたらと思います。
◯草という入り口
私の素材は身の周りに生える野生の草たちです。栽培はしない、自らの力ですべての天候事象を受け止めて生きてきた雑草と呼ばれている草、その草たちの声に耳を傾けながら草から糸をつくり、「草の布」を織ってきました。
草というものを入り口とし、その奥に拡がる深淵な‘おおもと’と繋がる、その手段のひとつが草の織物。
布が出来上がるまでの行程の半分は外の肉体労働、ひとり林のなかで、道ばたで、崖の途中で、と、野生ですから、毎年さまざまなところから出てくる、そんな草を見つけ採取するところからはじまります。
たくさんの生きものたちと一緒にそこにいる草の命を、糸にするために選びとらせてもらいます。
生命力の旺盛な、採取しても再生可能な草が素材です。それらは夏しか生えていないため炎天下汗だくの作業ですが、みずみずしく緑に満ちた美しい糸になってくれる草たちを見ると、すべて清々しく、うれしい労働です。
草の刈り取り、その始末、糸作り、染め、機織り、そのひとつひとつの過程で、草と通じあい、身心は洗い晒されるような心持ちとなり、布が織り上がるまでには心も身体も見事にカラッポとなります。
草が私の体をとおり、次の形になる。草の魂と同化していくような、そういう体験です。
それは染織の行為を借りた、草との交感。
そのようなことをずっとしてきました。
草の織物のことはまたあらためてご紹介させていただきます。
◯草の命のうつしかえ
初夏、メイド・イン・アースのオーガニックコットンのシャツを季節の草、ヨモギで染めました。
メイド・イン・アースでつくられている製品はすべての工程において、自然に即することを目指しています。肌に触れてもっとも心地よい状態に仕上げられた、そのシャツを染めることは、いつもの私の草仕事とも重なります。
自然に即すること、それは生態系のバランスのなかで人の営みが突出しない、ということかと思います。
その行為が土を汚したり、水を汚したりしないこと、すべての循環のなかに溶け込んでいくこと、他の命を尊重しながら、回復の時間を待てること、つくったものはまた自然に還るものであるということ。そんなことを含むと思います。
このシャツもそこを基点に作られているのです。
染める時にはまず、布についているいろいろな汚れを落とします。それを精練といいます。今回は精練のときにも天然のもののみを使いたいと思い、ムクロジという泡立つ木の実で、水は雨水で洗い上げました。製品ができるまでの各工程でどうしてもついてしまう汚れも、この時点できれいに拭われて、天水に浸され、お日さまに干され、シャツはさらに気持ちよくなりました。
いよいよ染めです。
このときには、植物という命の在り方につくづく素敵さを感じます。
染めはいつもその時季に一番旺盛に伸び盛る旬の草でします。この時季は大好きなヨモギで。朝一番で採ってきたヨモギを煮出し、染液をつくります。
煮出していくと、草はそれぞれ特有の芳香を放ち、あたりはその香りでつつまれます。まさに天然のアロマ、思わずお鍋に顔を近づけて草の精気を吸い込みます。そこには色素も滲出されています。
命のなかに香しい匂いと色を持つなんて、植物ってなんと素敵な存在のしかたでしょうか。
そしてそれは草の特性に気がついた、人との共同作業でできあがるのです。
布はそうして草のお風呂に浸されます。このとき、ヨモギの命は色として、布に移し替えられるのです。
以前他の植物で色素が薄くて染まらないことがありました。でも目には見えていないけれど、確実にそこに宿ったものがある、
染まらなかったことでそれが、逆にとてもよくわかりました。
なにものかがここに入っている、と。
命が移し替えられ、映される、植物で染めるということはそういうことではないかと思っています。
染まりあがったシャツは先ほどまで生きていたヨモギの命をまとって、凛としていました。
このシャツになるために、植物たちは最初から最後まで関わってくれました。
そしてすべての行程は、生態系の循環のなかにあります。
シャツのボタンがとてもいい具合に染まったのです。
このボタンはタグアナッツという木の実から作られているそう。
マットな風合い、質感が魅力的な素材です。
これはアクセサリーにしたら素敵だなあ、と思っています。
いずれお目見えするときがくるかもしれません。どうぞおたのしみに。
植物たちは人との共同作業をとても楽しみにしている、ということを、植物の声を聴くことのできる友人に最近おしえてもらいました。
草からのそうしたメッセージは私の意識をさらに刺激しています。
これまで自分の身体と労働を通して、織りの工程のなかでは感覚を通じて、全身で草と接してきましたが、いままた、さらに違う次元での草との交感が始まりそうでワクワクしています。
漠然とそうではないかと感じてきたことが、実際に裏打ちされる、どころか驚くような意識の高みにいざなわれます。
そのことについてもまた書いてみたいと思います。
■矢谷左知子さんのインタビュー記事はこちらから
https://www.made-in-earth.co.jp/news/mie-interview/yatanisan.html